東日本大震災を思い出して

東日本大震災を思い出して

 昨日は、大変暑い中「防災の日」の一環として行った「引き渡し訓練」に多数の保護者・ご家族の皆さんにご参加いただき、ありがとうございました。

 「防災の日」が制定されたのが、枝川小学校開校の年(昭和35年)だったことには何かの偶然でしょうか。

 日頃から避難訓練の際、子供たちには「災害はいつ起こるか分からないので、1回1回しっかり取り組もう。」と話をしています。「練習は本番のつもりで」「本番は練習のつもりで」緊張はせず、でも真剣に・・・。

 また、保護者・ご家族の方々に引き取りに来ていただくことは大切で、何より子供たちも喜んでいました。「お家の人が迎えに来てくれた。」と。

 ここで私が思い出すのは、「東日本大震災」の時に学んだことです。保護者・ご家族も、その頃は生徒・学生だったり、すでに社会人だった方もいらっしゃると思います。あの時は、交通機関がすべてストップしました。幹線道路をひたすら歩く大混雑の人波がありました。車もほぼ動けない状況だったので、車をすり抜けながら車道を歩く人も多数いました。大雪で鉄道が止まるだけでも、大都市東京は大混乱します。すべてがストップしたあの日は想像を絶するものでした。

 私はとある区の副校長でした。この日、学校を出たのは午前2時でした。自分の帰る手段がなかったのではなく、迎えに来なかった(正しくは来られなかった)保護者がいたからでした。ご家族の皆さんが仕事をされていて、遠くであったこともあり、行けども行けども人波に押され学校に着かなかったそうです。周りの子たちが迎えに来てもらい下校する中、取り残された子供たちは涙が止まりませんでした。

 家の人が迎えに来てくれる有難さを、子供たちも胸に刻んでほしいと思います。

 

 人は普通に歩いて、平均ですが1時間に4kmらい進むそうです。しかし、混んでいる道などでは3km~2kmくらいになることでしょう。もし、大きな地震が起きた時に仕事場にいたら、どのくらいで子供たちに会うことができるのか、考えておくことも必要ですね。

 大きな地震(台風直撃等を含む)が起きた時、子供たちが学校にいる間は、ご家庭の方がお迎えに来ていただくまで学校で待機させます。

(大きな地震とは、震度4を超える地震で、震度5弱、震度5、震度5強・・・・・のことです。)

 

 ご家庭でも、是非、「災害時の家族の取り決め」を作ってみてください。

 

 

 

 

更新日:2025年09月02日 16:00:00